エフェソス4章8節と詩篇68篇18節の「捕虜」とは何か

2021/07/12

死と復活

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この捕虜は新共同訳では「捕らわれ人」として訳されています。まず詩篇68篇18節をパウロは引用しているのですが、いくつかの解釈が一般キリスト教界では流通しています。特に一般教会はこの聖句をマタイ27章51−53節の「聖徒の死体の復活と聖なる都への入場」に関連する天国への復活と解釈しています。

詩篇68:18  あなたは高い所に上られました。あなたはとりこを連れ去られました。あなたは人々という形の賜物を取られました。そうです,強情な者たちをもです。神ヤハよ,[彼らの中に]住むために。

エフェソス4:8 そこで、こう言われている、「彼は高いところに上った時、とりこを捕えて引き行き、人々に賜物を分け与えた」。 9さて「上った」と言う以上、また地の低い底にも降りてこられたわけではないか。10降りてこられた者自身は、同時に、あらゆるものに満ちるために、もろもろの天の上にまで上られたかたなのである。 11そして彼は、ある人を使徒とし、ある人を預言者とし、ある人を伝道者とし、ある人を牧師、教師として、お立てになった。 12それは、聖徒たちをととのえて奉仕のわざをさせ、キリストのからだを建てさせ、 13わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るためである。

まず、KJVでは「地の低い場所」となっています。しかしこれを天と比較して地上が低い場所であることを示唆する表現の可能性もありながらに、解釈は分かれてしまいます。今回は、どちらの説を支持しても合理的に解釈できるように書き留めておきます。

特に詩篇68篇で明らかなように、捕虜とはイスラエルの敵を意味しています。エルサレムを包囲した敵である捕虜、とりこを取り除くわけです。そのとりことは、キリストの敵である霊的な意味での罪、そして死や腐敗です。また聖書預言は重複して二重三重にも成就しますから、複合的な意味合いが含まれていると推測するなら、これらの捕虜はサタンと罪と死によって捕らえられた人たちで、今キリストの贖いによって買い戻されたシェオルなる地の低い所にて死の眠りに就く霊魂です。

つまりこの聖句で、捕虜なるとりことは、罪によって入り込んだ死を意味し、さらにそれに捕らわれてしまった死去したシェオルに眠る故人をも意味するのでしょう。イエスの霊魂は死後天の父に委ねられたとありますが、聖書が教えてる事実として人は死ぬとシェオルに下ります。ですから、天の父の計らいによって人の子と呼ばれたイエスの霊魂は人間と同じく意識無くともシェオルに下り、鳩の形をまとったキリストなる聖霊はシェオルに眠る霊魂たちに働きかけたのでしょう。

この後者の解釈を強く支持したいケースでも、別に霊魂不滅説を支持する意見にはなりえません。なぜなら、聖書では至る箇所にて死を眠りと表現していますし、キリストの再臨まで義人も不義者も眠っていると明記されているからです。そのために、後者の意見を支持している場合でも、キリストの死と復活の昇天によって、サタンと罪と死によって捕虜とされていた人たち死の眠りにある意識の無い霊魂の霊的な覆いが取り除かれそれらに対する救済の扉が開かれたと解釈できるのでしょう。このようにイエスの死によって彼の霊魂はシェオルなる地の低い所へ下り、それによってそれ以前に罪によって死去した故人の霊魂に対して贖いが適応され、鳩の形をまとった聖霊が何らかの働きをしたと解釈できましょう。これら霊的な領域のことは表現が難しく上記で示されている以上のことを想像するしかありません。

しかし、捕虜の死の眠りにある霊魂がリアルタイムで天国へ引き上げられて「意識がある状態」でイエスと第一の復活にあるわけではありません。数多くの聖句と同様に比喩表現として理解するべきです。義人の霊魂すらアブラハムの懐にて安楽の眠りにあります。(使徒2:29 ; ヘブライ11:39 ;  コリント第一15:6)まだ旧約聖書の聖徒は第一の復活にありません。多くの旧約聖書の義人たちは天の祭司団クリスチャンとは異なるセカンドクラスの第二の復活として地上の永遠の命に恵まれます。彼らの住まいは将来の新しい天ではなく新しい地です。

それで、多くの神学者がこの聖句を旧約時代の義人のリアルタイムでの第一の復活として解釈するのも結構無理があります。そしてこの聖句では 敵を捕らえるの意味で使用されるため、どちらかと言えばサタンの働きが取り除かれたことを強く示唆しているのでしょう。そして複合的な意味合いとして、旧約時代の墓に眠る霊魂たちにも新しい契約が履行されそれらが買い戻されたことを霊的に描き出し、それらがキリストの贖いを適応され将来的に天の領域の恩恵を受け救済されることをも意味するのでしょう。

ちゅうわけでいきなりこの聖句をリアルタイムでイエスの昇天に伴う旧約時代の聖徒の天国への「引き上げ」に結論づけることは無理でしょう。

むしろ、イエスの死により彼の霊魂がシェオルに下り贖いがサタンの世で死去した故人の無意識の霊魂へ適応され、キリストご自身の復活と昇天によって、サタンによりもたらされた罪と死と腐敗が砕かれ打ち負かされ、律法によって有罪とされる取り決めの責め苦等も捕虜として率いられて取り除かれたと解釈できます。複合的な意味合いで現時点でイエスの贖いによる買戻しが生じて、旧約の責める律法が廃され、将来的にそれら故人たちが死の眠りから復活することを預言的に示唆して、黙示的に描写しているのでしょう。そしてその後に聖霊が使徒たちに賜物として与えられたのでしょう。

コロサイ2:13−15 13  さらに,あなた方は自分の罪過と肉に割礼のないこととによって死んでいましたが,[神]はそのあなた方を彼と共に生かしてくださいました。そのご親切によってわたしたちのすべての罪過を許し, 14  わたしたちを責める手書きの文書を塗り消してくださったのです。それは[数々の]定めから成り,わたしたちに敵対するものでした。そして[神]は,それを苦しみの杭にくぎづけにして取りのけてくださいました。 15  また,もろもろの政府と権威をあらわにし,それらを[苦しみの杭]による凱旋行列に引き立て,征服されたものとして公にさらしたのです。

後半部分の「賜物」とはシンプルにキリスト昇天後によって人々へ与えられるサタンと罪と死を打ち砕く聖霊を意味しています。ここに関しては複雑な考察は不要です。エフェソスの該当箇所では、聖霊の賜物によって使徒たちが築き上げられています。

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