ルカ16:9 不正の富を利用してでも、親しい友をつくりなさい。そうしておけば、富がなくなった時、親切にしてやった人たちが、永遠の天の住まいに迎え入れてくれるでしょう。 10小さなことに忠実な人は、大きなことにも忠実です。小さなことに不忠実な人は、大きな責任を与えられても、忠実に果たすことはできません。 11この世の富も任せられない人に、どうして、天にあるほんとうの富を任せることができるでしょう。 12他人の富に忠実でなかったら、自分の富さえ任せてもらえないのです。 13だれも、二人の主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方に忠実であるか、あるいは、一方を重んじて他方は軽んじるようになるからです。神と富の両方に仕えることはできないのです。」
パリサイ人への皮肉
前の文を読めば不正な方法つまり勝手に借金をゼロにして仲間を作って自分が有利になるようにした賢い雇われ人のことが描かれていることがわかりますね。この世で富を構築するためには、少なからず不義な方法、利益が手元に残るように安く支払ったり物的対価を提供する必要があります。それで、この富を不正に使って自分を有利な立ち位置に置く人、14節ではパリサイ人たちが反応していますので、彼らの抜け目の無いその有様を皮肉めいた言い回しで断罪しつつもそれが人や時と場合によっては重要になることを暗示してると言えます。
9節では、不正の富つまりこの世で得てきた現物資産含めた資産や大金などは将来王国に入る義人たちのために用いて、「私が困っていた時に〇〇が何度も助けてくれました」と弁護してもらえるように善い行いに励みなさいと言われてもいます。19節からは有名な金持ちとラザロの話が引用されていますが、つまり、この不正の富を使用して神の王国に将来入るラザロに該当するような義人たちを支援するように指示されています。ケチなパリサイ人(不正な富を貧しき人たちのために用いず悪酔いして最後に神に裁かれる大いなるバビロンキリスト教世界)への助言と警告になります。
しかし、11節にて、この世の富以上のものを任せる相手、つまり12弟子たちに対しての言及に変わりますが、単なるパリサイ人の皮肉な話だけで終わるわけではなく、むしろ、天の王国に入るためにも、この世の富以上の宝である御国での永遠の命を受け継ぐためには、主人であるキリストに死に至るまで忠実であれと言われています。
マタイ25:34 王として、わたしはまず、右側の人たちに言います。『わたしの父に祝福された人たちよ。さあ、この世の初めから、あなたがたのために用意されていた御国に入りなさい。 35あなたがたは、わたしが空腹だった時に食べ物を与え、のどが渇いていた時に水を飲ませ、旅人だった時に家に招いてくれたからです。 36それにまた、わたしが裸の時に服を与え、病気の時や、牢獄にいた時には見舞ってもくれました。』 37すると、これらの正しい人たちは答えるでしょう。『王様。私たちがいったいいつ、あなたに食べ物を差し上げたり、水を飲ませたりしたでしょうか。 38また、いったいいつ、あなたをお泊めしたり、服を差し上げたり、 39見舞いに行ったりしたでしょうか。』 40『あなたがたが、これらの困っている一番小さい人たちに親切にしたのは、わたしにしたのと同じなのです。』 41次に、左側にいる人たちに言います。『のろわれた者たちよ。さあ、悪魔とその手下の悪霊どものために用意されている、永遠に燃え続ける火の中に入りなさい。 42あなたがたは、わたしが空腹だった時にも食べ物をくれず、のどが渇いていた時にも水一滴恵もうとはせず、 43旅人だった時にも、もてなそうとはしませんでした。また、わたしが裸の時にも着物一枚くれるわけでなく、病気の時にも、牢獄にいた時にも知らん顔をしていたではありませんか。』 44すると彼らは、こんなふうに抗議するでしょう。『王様。私たちがいったいいつ、あなたが空腹だったり、のどが渇いていたり、旅人だったり、裸だったり、病気だったり、牢獄におられたりするのを見て、お世話しなかったとおっしゃるのですか。』 45そこで、わたしはこう言います。『あなたがたが、これらの一番小さい者たちを助けようとしなかったのは、わたしを助けなかったのと同じです。』 46こうして、この人たちは永遠の刑罰を受け、一方、正しい人たちには永遠のいのちが与えられるのです。」
弟子たちへのハイレベルなご命令
この聖句が言わんとしていることは、天での相続財産、神の王国、地上の楽園に入りたければ、不正な富に忠実、つまり貧しき義人をその資産を使って援助することくらいは徹底しなさい、それくらいができないなら天の王国での報酬は与えられないし任せられないよ、という厳しい現実と徹底した偽善のない生き方、そして不正な富で仲間すら作ってないパリサイ人への断罪と警告も含めて19節からは金持ちラザロの話が続いているわけです。
つまりまとめると不正な富とはこの世での資産、そしてそれを貧しき義人や本当に困っている人たちのために用いてキリストの足跡に倣いなさいというご命令でしょう。
ルカ18:22 「でも、あなたには一つだけ欠けたところがあります。財産を全部売り払って、貧しい人たちに分けてあげなさい。天に宝をたくわえるのです。それから、わたしについて来なさい。」 23このイエスのことばに、その人は肩を落として立ち去りました。たいへんな金持ちだったからです。 24そのうしろ姿を見つめていたイエスは、弟子たちに言われました。「金持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことでしょう。 25それよりは、らくだが針の穴を通るほうが、よほどやさしいのです。」
話が戻りますが、見事にルカ16章13節にて富と神の双方に仕えることができないという厳しい言葉で不正の富の聖句は締めくくられています。つまり不正な富なるこの世で得た資産は神の王国に入る真のクリスチャンや現段階での未信者も含めた義人のために奮発せよ!それくらいのことしてないと永遠の命なんて与えられないよ!という徹底した行いの伴った信仰が要求されています。パリサイ人のずる賢さはある意味で抜け目のない立ち回りですが、ずる賢く得てきた富はラザロのような義人たちのために使ってあげないと滅びるよということです。
それで、ものみの塔が述べるようなサタンの世に与する宗教組織のために寄付することがこの聖句の意図ではないことがわかります。あろうことか、ものみの塔は不正を覆い隠し真実を歪めて洗脳し人々が自ら思考しないように勝手なルールをでっちあげて、多くの犠牲者を生み出しているので、まず現段階では彼らに賠償金を支払うことが現行の法によって要求されています。も塔は不正な富を得ているままであり、このままでは滅ぼされます。


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