聖書はクリスチャン全員が天国へ行くと言ってるか、エホバの証人が言う144,000人だけか

2022/08/23

携挙 天的クラス

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イエスは,「だれも天に上ったことがありません」と言いました。(ヨハネ 3:13)さらに,アブラハム,モーセ,ヨブ,ダビデなど,イエスよりも前に亡くなった善人が墓で死の眠りにあり天に行かなかったことを示しました。(使徒 2:29,34)彼らはむしろ,地上で生きるために復活するという希望を抱いていたのです。―ヨブ 14:13-15。

神は特定の数の忠実なクリスチャンを選び,その人たちの死後,天での命に復活させます。(ペテロ第一 1:3,4)選ばれた人たちは,天での相続財産を受ける資格を失わないために,信仰と行状の点でクリスチャンとしての規準を満たし続けなければなりません。―エフェソス 5:5。フィリピ 3:12-14。

https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/2004647?q=144000&p=par 

天国クラスは殉教をしている

ヘブライ11章37−39節では、旧約時代の信仰者たちが迫害を経験し殉教したもののクリスチャンのように「完全な状態に達しなかった」と表現されています。彼らは第一の復活に預からずセカンドクラスとして地上での栄光の朽ちない体で復活します。アダムが命の木の実を食べた状態で、生前の旧約時代の義人たちは復活するということです。

パウロは、「まだ天に招かれる賞を得たとは思っていません。」と述べました。(フィリピ 3:14)個人的な願望や野心と,その人が選ばれることには何の関係もありません。イエスは、マタイ11章11,12節で「天の王国においては小さい者でもバプテストのヨハネより偉大である。天の王国は力づくで襲われている。」と述べました。天国クラスはサタンからの迫害に見舞われイエスと同じ受難を受けて洗礼者ヨハネより過酷な運命を辿ることになるからです。また「私の杯を飲む」つまり殉教することを絶対条件にしています。―マタイ 20:20-23。

ローマ6:3  それともあなた方は知らないのですか。キリスト・イエスへのバプテスマを受けたわたしたちすべては,その死へのバプテスマを受けたのです。 4  ですから,彼の死へのバプテスマ[を受けたこと]によって,わたしたちは彼と共に葬られたのです。それは,キリストが父の栄光によって死人の中からよみがえらされたのと同じように,わたしたちも命の新たな状態の中を歩むためです。 5  彼の死と似た様になって彼と結ばれたのであれば,わたしたちは必ず,彼の復活と[似た様になって]やはり[彼と結ばれる]のです。

天での命への復活は「第一の復活」と呼ばれています。(啓示 20:6)「第一」のギリシャ語 「プロトス」は「早い段階」「最上級」の意味があります。要は殉教をしたクリスチャンたちは「早い段階」で「最上級の」不滅不朽の霊者としてイエスと同じ体を有して復活することになります。

使徒ヨハネはこう書いています。「わたしは,証印を押された者たちの数を聞いたが,それは十四万四千で(あった)」。(啓示 7:4)聖書に出ているこの「証印を押された者たち」とは,人類の中から選ばれ,楽園となる地を天からキリストと共に支配する人々のグループを指しています。コリント第二5章8,9節で「この体から離れて主のもとに自分の住まいを定めることを大いに喜んでいる」と表現されるように、彼らは天国への復活に預かります。

実際に啓示5章9節では、「9 そして彼らは新しい歌を歌って言う,あなたは巻き物を受け取ってその封印を開くにふさわしい方です。あなたはほふられ,自分の血をもって,あらゆる部族と国語と民と国民の中から(イスラエル12部族ではない)神のために私達を買い取ったからです。10 そして,私達をわたしたちの神に対して王国また祭司とし,私達は地に対し王として支配するのです。」とありますが、これは実は24人の長老であって144000人ではありません。(コリント第二 1:21,22; 5:8,9。啓示20:6)啓示14章3節にて、144000人は24人の長老と向かい合って歌を奏でます。つまり別の実体同士が向き合っています。結論として天国の祭司クラスのクリスチャンには24人の長老(不特定多数)と144000人(有限数)が存在します。

彼は幻の中でこの14万4,000人のグループについて告げられた後,別のグループを見せられました。そして,そのグループのことを,「すべての国民と部族と民と国語の中から来た,だれも数えつくすことのできない大群衆」と描写しています。この大群衆は,来たるべき「大患難」で現在の邪悪な世が滅ぼされる時に生き残る人々です。―啓示 7:9,14。

数え切れない大群衆とは別に、14万4000人は「初穂として人類の中から買い取られた」人たちとして描写されています。イエスは初穂と呼ばれており,事実,イエスは神に対する最初の初穂です。(コリ一 15:20,23; ペテ一 3:18)イエス・キリストの忠実な追随者たち,つまりイエスの霊的な兄弟たちも神に対する初穂ですが,彼らは最初の初穂ではなく,ペンテコステの日にヤフワに差し出された2番目の穀物の収穫物である小麦に似ています。彼らは14万4,000人であり,彼らは「神と子羊に対する初穂として人類の中から買い取られた」人々,また「ある意味で被造物の初穂」と呼ばれています。―啓示 14:1-4; ヤコブ 1:18。

ヘブライ12章22節には、「しかし、あなたがたが近づいたのは、シオンの山、生ける神の都、天のエルサレム、無数の天使たちの祝いの集まり、 23天に登録されている長子たちの集会、すべての人の審判者である神、完全なものとされた正しい人たちの霊」と表現されており、啓示14章1節にて144000人がシオンの山で24人の長老たちと向かい合って立っているので、彼ら双方が平等な兄弟姉妹関係でありながらに別の実体であることを示しています。

「初穂」という表現は,時系列的にも先に代表として選ばれるわずかなものでその後に後続する人たちが存在することを示唆しています。また,地上におられたイエスは,天の王国でご自分と共に支配する人たちについて述べた際,その人たちのことを「小さな群れ」と呼びました。(ルカ 12:32; 22:29)天でキリストと共に,数の定まっていない地上の臣民を支配する人々について適切に描写しています。―啓示 5:10。

啓示6:9  また,彼が第五の封印を開いた時,わたしは,神の言葉のために,またその行なっていた証しの業のためにほふられた者たちの魂が祭壇の下にいるのを見た。 10  そして,彼らは大声で叫んで言った,「聖にして真実な,主権者なる主よ,あなたはいつまで裁きを控え,地に住む者たちに対するわたしたちの血の復しゅうを[控えて]おられるのでしょうか」。 11  すると,白くて長い衣がその一人一人に与えられた。そして彼らは,自分たちが[殺された]と同じように殺されようとしている仲間の奴隷また兄弟たちの数も満ちるまで,あとしばらく休むように告げられた。

啓示20:4 またわたしは,[数々の]座を見た。それに座している者たちがおり,裁きをする力が彼らに与えられた。実に,イエスについて行なった証しのため,また神について語ったために斧で処刑された者たちの魂を見たのである。また,彼らは野獣もその像をも崇拝せず,額と手に印を受けなかった者たちである。そして彼らは生き返り,キリストと共に千年のあいだ王として支配した。 5  (残りの死人は千年が終わるまで生き返らなかった。⇐最古の写本にこの記述はない。)これは第一の復活である。 6  第一の復活にあずかる者は幸いな者,聖なる者である。これらの者に対して第二の死は何の権威も持たず,彼らは神およびキリストの祭司となり,千年のあいだ彼と共に王として支配する。

それでイエスと同じく「人類から買い取られた初穂」として、天国から地上を千年間支配する任務に就きます。天国へ行く理由は、イエスと共に地上を千年間支配するためです。ペテロ第一2章9節にて、「9しかし、あなたがたはそうではありません。あなたがたは神から選ばれた王なる祭司であり、きよい民として神のものとされた人たちです。それはすべて、どうして自分が暗闇から神の驚くべき光へと招き入れられたかを、人々に語り伝えるためなのです。」とあるように、クリスチャンとは天での祭司職に就く人たちです。

ここである人達は、啓示7章1−8節にて144000人が地上で証印を受けている一方で、9節から大群衆が天国にいるので、混乱します。しかし、啓示の書は時系列がごちゃごちゃになっており、13節にて24人の長老が大群衆の正体を天で話しているので、今までの聖句に列挙したように地上から買い取られる初穂たちは殉教が必須なので大群衆と違い、早い段階で殉教して既に天国に復活していることが読み取れるわけです。

今までのポイントをまとめますと、

  • 「イエスの杯を飲む」つまり迫害や殉教などのイエスが味わった受難を享受することが第一の復活への絶対条件

  • 「証印を押されて人類から初穂として買い取られて、天国から地上を千年間支配する」

144000人と24人の長老

啓示7章4節にあるように、イスラエル十二部族の中から、「証印を押された」1万2千人ずつがピックアップされて集結し、144000人を構成することになります。ただ、この数字をエホバの証人は、24人の長老クラスを度外視して144000人だけが天的クラスとか言ってるので、彼らの理屈では殆どが天国クラスを目指せないことになります。

ですから、これはあまりにも無理があります。

マタイ23:13 偽善者である律法学者とパリサイ派の人たち(も塔),あなた方には災いがあります! 人の前で天の王国を閉ざすから(あなたは開拓者でもないし統治体でも無いのに天へ行くわけないわよ)です。自分自身が入らず,入ろうとする人をも入らせません。

マタイ 19:28  イエスは彼らに言われた,「あなた方に真実に言いますが,再創造のさい,人の子が自分の栄光の座に座るときには,わたしに従ってきたあなた方自身も十二の座に座り,イスラエルの十二の部族を裁くでしょう。

コリント第一 6:2 あなた方は,聖なる者たちが世を裁くことを知らないのでしょうか。

啓示 7:4 そしてわたしは,証印を押された者たちの数を聞いたが,それは十四万四千であり,イスラエルの子らのすべての部族の者たちが証印を押された。 5 ユダの部族の中から一万二千人が証印を押され, ルベンの部族の中から一万二千人, ガドの部族の中から一万二千人, 6 アシェルの部族の中から一万二千人, ナフタリの部族の中から一万二千人, マナセの部族の中から一万二千人, 7 シメオンの部族の中から一万二千人, レビの部族の中から一万二千人, イッサカルの部族の中から一万二千人, 8 ゼブルンの部族の中から一万二千人, ヨセフの部族の中から一万二千人, ベニヤミンの部族の中から一万二千人が証印を押された。

イスラエル12部族とは霊的イスラエル、血統イスラエルにせよ144000人は確かに有限数の特殊なクリスチャンと想像できます。おそらく世を裁く24人の長老クラスのクリスチャン24人の長老を除いた偽物のクリスチャン含めた霊的イスラエルを裁く特殊クリスチャンの二パターンが存在する可能性が高いです。クリスチャンの中の指揮官が144000人なのでしょう。

キリストの時代にも十二弟子と異邦人のクリスチャンたちの区別がありました。後代に至っても同じで、おそらく霊的イスラエルなる世界中のクリスチャンから更に厳選された少数精鋭部隊が144000人であり、24人の長老は標準的な不特定多数の真のクリスチャンと言えるでしょう。

⇒24人の長老が不特定多数の世界中の真のクリスチャンであり理由はこちら

フィリピ3:10 わたしは、キリストと彼の復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、 11何とかして死者からの外への復活に達したいのです。 目標を目指して 12わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。 13兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、 14神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。 15だから、わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです。しかし、あなたがたに何か別の考えがあるなら、神はそのことをも明らかにしてくださいます。 16いずれにせよ、わたしたちは到達したところに基づいて進むべきです。

この11節の死者の中からの復活と訳される言葉は、聖書全体でたった一度だけ使用される「エクスアナスタシス」です。10節におけるキリストの復活を意味する「アナスタシス」ではなく、「外へ」を意味するエクスがこの11節のみに付随されています。 bible hubでは、ἐξανάστασιν τὴν ἐκ νεκρῶνであり、左から、「外への復活、その、から、死者」、という文章構造になっています。普通に死者からの復活ではなく、死者からの外への復活という特別クラスがあるようです。実際に回復訳聖書では、この箇所を「格別の復活」と表現しています。さらに15節で、「別の考えがあるなら」と述べてパウロと天的希望が差し伸べられている他のクリスチャンの霊的レベルや目標に差異が生じていることも明白にされています。

なので、144000人を文字通りとするなら、通常の天的クラスの復活とは異なり、「死者からの外への復活、格別の復活」を成し遂げた世界中から均等に集められた特別、格別クラスと言えます。しかしそれ以外にも24人の長老なる不特定多数の世界中のクリスチャンが存在します。

第一の復活の中でのより優れた格別の復活があり、それこそが144000人クラスであるとする考察になります。天的クラスには2グループあるように思われます。24人の長老(不特定多数)と144000人(有限数)です。天的クラスの初穂なおかつリーダー的存在は144000人です。パウロ​は​コリント​第​二 12​章​2,3​節にて「第三の天」を幻で視たと話しています。それで、144000クラスの初穂たちや24人の長老たちが所属する天の領域第一、第二、第三などの段階があるのかもしれません。

使徒パウロは確かに,最初のクリスチャンとなった忠実なユダヤ人の残りの者のことを「初穂」として語っています。(ロマ 11:16)クリスチャンのエパネトは「キリストのためのアジアの初穂」(ロマ 16:5),ステファナの家の者は「アカイアの初穂」と呼ばれています。―コリ一 16:15。

パウロはエフェソス会衆のクリスチャンを,聖霊によって「証印を押された」者として述べていますが,それは彼らの天的な相続財産に関する事前の印でした。(エフェ 1:13,14; 4:30)その証印は彼らが神に所有されるものであることを意味し(コリ二 1:21,22),彼らが確かに天的な命を受ける者であることを示しています。

ですから、短絡的に啓示の書においてイスラエル部族から買い取られた144000人だけに「初穂、証印が押された」とあるから、異邦人から買い取られた24人の長老はそれに該当しないと推測することは聖書全体の音信と調和しません。パウロ書簡を引用すれば24人の長老も天で祭司の王座にいること、また144000人とシオンの山で向かい合う描写もあることからも、彼らが別の実体ではあるがそれと同等な霊性で結ばれた平等な兄弟姉妹関係で、聖霊の証印を受けて地上から買い取られた初穂であることを暗示しています。

一世紀当時は血族イスラエルと異邦人との区別があり特に血族のユダヤ人クリスチャンは初穂と表現されましたが、後続する異邦人も聖霊の証印を受けてある意味で異邦人としての初穂となりました。啓示の書は、イスラエル部族からもその他の世界中の国家からも平等にクリスチャンが買い取られることを述べて、有限数144000人と無制限数の24人の長老クラスのクリスチャンが同時に存在することを示しています。そして地上に属する永遠の命の保証を受けた大群衆なる義人たちといった様々なクリスチャンが存在しますが、これに関してはキリストご自身が再臨の際に救済されるその時点での未信者の義人と推測されます。

殉教せずに生きたまま携挙されるのか

テサロニケ第一4:16  主ご自身が号令とみ使いの頭の声また神のラッパと共に天から下られると,キリストと結ばれて死んでいる者たちが最初によみがえるからです。 17  その後,生き残っているわたしたちが,彼らと共に,雲のうちに取り去られて空中で主に会い,こうしてわたしたちは,常に主と共にいることになるのです。

コリント第一15:35  しかしながら,「死人はどのようによみがえらされるのか。いったいどんな体でやって来るのか」と言う人がいることでしょう。 36  道理をわきまえない人よ! あなたのまくものは,まず死ななければ,生きたものになりません。 37  そして,あなたがまくものについて言えば,後にできる体ではなく,ただの種粒をまくのです。それは小麦,あるいはほかの何かでしょう。51  ご覧なさい,わたしはあなた方に神聖な奥義を告げます。わたしたちはみな[死の]眠りにつくのではありませんが,わたしたちはみな変えられるのです。

上記の聖句を考慮すると、「生き残った人たち」とは罪に死んで新生した霊的に生きている迫害や艱難を通過している本物のクリスチャン達が空中に取り上げられいつまでも主と共にいるという意味です。また第一の復活に預かるために「生きたままの携挙」が文字通り起こると解釈するなら、それに該当するクリスチャンは激しい迫害を経験しイエスと同じ受難を受けている必要があるでしょう。迫害の中、息も絶えそうになった時、イエスの再臨で命を取り去られて死んで、雲のうちに会うという解釈です。これも十分あり得る解釈です。

大群衆が天国へ生きたまま携挙の場合

この解釈の場合もあり得るので説明します。大群衆たちは、啓示7章9節では、「み座の前と子羊の前に立っていた」と表現されています。これは霊的に神の前に立っているのか、字義通り天国の神の前にいるのか判断が難しく意見が別れています。ただ、「彼らの手にはやしの枝があった」とする表現や、17節では「命の水の泉に大群衆たちが導かれる」とあるので、地上のパラダイスではとする説も濃厚です。

上記のテサロニケ第一4章17節の「空中で主に会う」の「空中」のギリシャ語「アエル」は大気圏内つまり地球内部を意味する原語です。

ゼカリヤ8:6  「万軍のエホバはこのように言われた。『その日,この事はこの民の残っている者たちの目には難しすぎるように見えるとしても,それはわたしの目にも難しすぎる事に見えるであろうか』と,万軍のエホバはお告げになる」。 7  「万軍のエホバはこのように言われた。『今わたしは,日の昇る土地から,また日の沈む土地から,わたしの民を救う。 8  そしてわたしは彼らを必ず携えて来る。彼らはエルサレムの中に住むことになる。彼らはわたしの民となるのであり,わたしも真実と義とをもって彼らの神となる』」。

啓示21:2  また,聖なる都市,新しいエルサレムが,天から,神のもとから下って来るのを,そして自分の夫のために飾った花嫁のように支度を整えたのを見た。 3  それと共に,わたしはみ座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ! 神の天幕が人と共にあり,[神]は彼らと共に住み,彼らはその民となるであろう。そして神みずから彼らと共におられるであろう。 4  また[神]は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり,もはや死はなく,嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである」。

この聖句にある通り、「どこにいても神の元へ集める」とヤフワご自身が言うように、全世界に散らばった神の民なる「数え切れない大群衆」が奇跡的に空中移動、つまり携挙されて啓示21章2節にあるように、天国から降った新エルサレム(降ったとはいえ比較的天空の地球内部の大気圏内上空に位置する)に入場し、千年統治開始の頃合いの新エルサレム降下に伴い地上に降りるのでしょう。

使徒行伝8章38-40ではピリポが主の霊に連れ去られてガザからアザトまで40kmの空中瞬間移動をした奇跡が記されていますが、ギリシャ語原語の「ハパゾ」つまりテサロニケ第一4章16節の「取り去られて」と同じ言葉が使用されています。

コリント第一15:38 しかし神は,ご自分の喜びとなるとおりにそれに体を与え,種の一つ一つにそれ自身の体を[与え]られます。40  そして,天的な体と地的な体があります。しかし,天的な体の栄光は一つの種類であり,地的な体の[栄光]は別の種類です。 41  太陽の栄光は一つの種類であり,月の栄光はまた別であり,星の栄光はまた別です。事実,星は他の星と栄光の点で異なります。

その空中移動の際に大群衆たちは、殉教者クラスの永遠の不動なる第一の復活「ファーストクラス」ではないものの、「セカンドクラス」として、命の水と木の実を飲食した状態である朽ちない地的な体を受け継ぐでしょう。 

エゼキエル47:12 川の両岸では,あらゆる果樹が育ちます。その葉は枯れず,実がならなくなることはありません。毎月,新しい実がなります。木を潤す水は聖なる所から流れ出ているからです。

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