黙示録の七つの星、燭台、灯火、目、霊、二人の証人、24人の長老とは誰ですか

2022/08/23

天的クラス

X f B! R L
黙示録5章8節にて24人の長老たちが歌を奏でています。9,10節にて「あらゆる部族と国語と民と国民の中から神のために私達を買い取って、私達を神の祭司、地上の支配者としました」と述べて神に感謝しています。そして14章3節にて、24人の長老の前で144000人が、シオンの山にてお互いにしか理解できない秘伝の歌を奏でます。

7つの燭台と24人の長老

啓示1章20節にて「七つの星」が御使い、「七つの燭台」が七つの教会であると表現されています。12節では「燭台の中央に人の子イエスがおり」とあり、2章1節では「七つの燭台の間を歩く方」と表現される通り、イエスの周りを七つの燭台が囲っている状況が読み取れます。

エフェソス2:6 そして、キリストと共に、私たちを墓の中から栄光へと引き上げ、キリストと共に席に着かせてくださいました。

そして、3章1節ではイエスが七つの霊と七つの星を持っていると言われています。4章4,5節にてイエスの周りに1章で人の子のなる彼を七つの燭台が囲っているように24人の長老が座っているとあります。七つの灯火が5節では、7つの霊つまり聖霊であると表現されていますので、七つの燭台なる会衆に派遣された聖霊であり、それぞれ別の実体です。5章6節では、「長老たちの間に子羊が立っている」と表現される通り、1章12節と2章1節における「人の子なるイエスは燭台に囲まれて中央にいて、その燭台の間を歩く方」の表現と重なります。

屠られた子羊の「七つの角」ですが、角は出エジプト記27章2節、30章10節の犠牲の祭壇に取り付けられているので完全な贖いを示します。あるいは角は多くの場合,力もしくは権威の象徴で,七は完全性を示唆しましたので、犠牲の子羊の全権を象徴しています。(サムエル第一 2:1,10; 詩編 112:9; 148:14と比較してください。)七つの角は完全な贖いと全権、24人の長老は七つの会衆から買い取られた死に至るまで忠実であった真のクリスチャンを意味するのでしょう。また全てを把握し警告する「七つの目なる七つの霊」、つまり聖霊が燭台を灯す火として描かれているので、24人の長老たちが絶えず灯火が消えないように油を絶やすことがなかったので天での王座を与えられることを象徴しているのでしょう。

使徒ヨハネは神の天のみ座に関する幻を見ました。そのみ座は24の座に囲まれており,それらの座には白い外衣をまとい,頭に黄金の冠を頂いた24人の長老が座っていました。(啓 4:1-4)幻が続いてゆくうちに,ヨハネは24人の長老が神のみ座の前で幾度もひれ伏して崇拝するだけでなく,幻が進展するにつれてその様々な特異な場面に加わる様子を見ました。(啓 4:9-11; 5:4-14; 7:9-17; 14:3; 19:4)とりわけ,彼らが王国に関する布告に加わって,エホバが大いなる力を執り,王として支配し始められたという趣旨のことを述べている様子が見えました。―啓 11:15-18。

古代イスラエルでは,「イスラエルの年長者たち[長老たち]」が国民全体を代表し,彼らに代わって話しました。(出 3:16,18; 19:7)現在では,油そそがれたクリスチャンの会衆全体が霊的イスラエルの「聖なる国民」を形成しています。そしてクリスチャンの「年長者たち」もしくは「長老たち」はその「国民」全体を表わす,または象徴します。(ペテロ前 2:9,新)同様に,「長老たち」は霊的なイスラエルの会衆全体を表わしている,もしくは代表しているのでしょう。ですから,神の周りの座に座している24人の長老は恐らく,死に至るまで忠実であることを証明し,天的な復活にあずかって神のみ座の近くの座に座るという約束された報いを受ける,油そそがれたクリスチャンの一団全体を表わしていると思われます。(啓 3:21)また,24という数にも意味深いものがあります。24という数字は,ヨハネに,ダビデ王が神殿での奉仕のために設けた24組の祭司を思い出させたでしょう。(歴代上 24:4)―ペテ一 2:9; 代一 24:1-19; ルカ 1:5-23,57-66; 啓 20:6。「監督」を参照。

 洞察を引用 読者からの質問を引用 

2つのギリシャ語写本の比較

KJV啓示5:9のblueletter ESV啓示5:9のblueletter

啓示4:10 二十四人の長老は、玉座に着いておられる方の前にひれ伏して、世々限りなく生きておられる方を礼拝し、自分たちの冠を玉座の前に投げ出して言った。

啓示5:9 そして長老たちは次のような新しい歌を歌っている。「あなたは巻物を受け取ってその封印を解くのにふさわしい方です。あなたはほふられ,自分の血で,あらゆる民族や言語や種族や国の人々の中から,神に仕える人々(TR写本では「私達」と訳されるヘマスが挿入)を買い取ったからです。 10 そして彼らを(SBLシナイ写本ではアウトス、TR写本ではヘマス),私たちの(シナイ写本ではエゴ、TR写本ではヘマス)神に仕える王および祭司とし,彼らは(前文の主語を受け継ぐ、シナイ写本では「彼ら」、TR写本では「私達は」)王として地上を治めます」。

啓示14:3 シオンの山に子羊と共にいる十四万四千人の者たちは、玉座の前、また四つの生き物と長老たちの前で、新しい歌のたぐいをうたった。この歌は、地上から贖われた十四万四千人の者たちのほかは、覚えることができなかった。

「あらゆる部族と国語と民と国民の中から神のために私達を買い取って、私達自身を神の祭司、地上の支配者としました」と表現される「私達」という言葉は、実は第三人称名詞つまり「彼ら」という表現が適切と言われて多くの英語聖書や日本語聖書でそう訳されていますが、このギリシャ語はSBL写本では「アウトス」であり、実際には「私達自身」という表現にも使用されているので、文脈上、24人の長老は「私達が王なる祭司となった」と述べていると結論づけるのが的確です。王冠を被った長老たちが自らが地から買い取られて王なる祭司となったことを感謝していると読み取れます。10節には、エゴという私を意味する第一人称が使用されており、これがアウトスの前後に位置する場合、なおさらアウトスの意味合いは「私」を強調する「自身」のニュアンスになります。文脈状況や単語のピックアップでギリシャ語の意味はその都度変化するわけです。(ルカ22:71 , ヨハネ4:42 , ローマ7:25 ; 9:3 ; 15:14 ,  コリント第二10:1)

あるいは、第三人称のまま翻訳したとしても、24人の長老たちが現に天の王座に就いてる状態を考慮しても、彼ら自身が「多くの国から人々を(自分たちのことを)買い取り、彼らを(自分たちを)王としたことを感謝します。」と自身のことを客観的に表現し描写しているのでしょう。露骨に自分たちを王なる祭司として自画自賛するのではなく、自分たち自身を第三人称「人々」「彼ら」と表現して謙遜で控えめな印象になります。出エジプト15章13-17を見るなら、歌っているイスラエル民が「贖われた民」と第三人称で表現することがあります。申命記32章に出てくる啓示15章で引用されているモーセの歌ですが、そこではイスラエルが自分たちのことを第三人称「彼ら」と表現しながら歌い預言することがモーセによって取り決められています。

KJVやNKJVやTR写本では全ての該当箇所にて「ヘマス」私達を意味する原語が使用されています。イエスとミカエルが同じなのに、向かい合う描写など啓示の書にありません。啓示14章に3節にてシオンの山で24人の長老と144000人がお互い向かい合っている事実は、彼らが別々の実体であることを物語っています。被っている冠を彼らが子羊と144000人に投げ出す描写は、彼らも天的クラスとはいえ裁きの実行を委任する立ち位置にあることが暗示されています。

二人の証人

24という数字は重複しますが、歴代第一24,25章にて祭司クラスを選り分けるためのラッキーナンバーです。また黙示録11章4節では「彼ら(二人の証人)は、全地の主のみまえに立っている二本のオリブの木、また、二つの燭台である。」とあります。啓示の書で聖霊を受けたクリスチャンは二グループあります。144000人と24人の長老です。ですから、これらが二人の証人を意味していると読み取れます。

さらに7つの燭台とは全世界の教会を示すと黙示録にありますよね。二人の証人なる24人の長老と144000人は文字通り二人で構成されているわけではなく、特に前者はそこから選ばれた不特定多数の教会や会衆を構成する真のクリスチャンを象徴的に意味していることが理解できます。

ゼカリヤ4:11 その後わたしは答えて彼に言った,「燭台の右側と左側にあるこれら二本のオリーブの木にはどんな意味があるのでしょうか」。12 それからわたしはもう一度答えて彼に言った,「あのオリーブの小枝二束,すなわち二本の黄金の管でその中から黄金の[液]を注ぎ出しているものは何ですか」。 13 すると彼は言った,「これら[の物]にどんな意味があるか,あなたは本当に知らないのか」。 それに対してわたしは言った,「知りません,我が主よ」。 14 すると彼はこう言った,「これらは,全地の主の傍らに立つ二人の油そそがれた者たちである」。

24という比較的少数の数字においても同様でしょう。世界中の国家から贖われ買い取られるわけであり、たった24の国家から選抜されたわけではありません。これは文字通り24人の長老ではなく、世界中の人たちで144000人に限定されているわけではないでしょう。24人の長老なる不特定多数で構成されたクリスチャン、144000人なる有限数で示される霊的イスラエルのクリスチャンが同時進行で存在します。啓示の書で24人の長老が証印を押される、初穂と表現されていないとはいえ、彼らは天で祭司として王座に就いてるわけですから聖霊を受けていると考えられます。144000人のそれらの表現は、⇨格別の復活クラスとしてのものと考えられます。

プロフィール

Jと申します。皆さんご自身で参考程度にされてください。 googleに2026年8月29日の時点でindexにしましたが、検索エンジンに暫くヒットはしないかと思います。コメントを各自個人情報に留意されながら書き込みください。グーグルアカウントにログインした状態で書きこむと自分で後々削除できるので推奨します。そうでない場合に削除したいと感じられた際に言って下されば仰せの通りに致します👍

最新コメント

読み込み中...

10記事毎ログ

読み込み中...

QooQ