如何なる理由による中絶、堕胎は聖書的に許されないのか

2021/09/18

性道徳

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厳格な原理主義者のクリスチャンを名乗る人たちは中絶、堕胎はいかなる理由があっても、つまり性犯罪によってもたらされた妊娠があったケースでも許されない、出産し育てるべきであり、もし堕胎、中絶を選択するなら神の前に殺人の罪を負っていると主張しますが、果たして本当にそうでしょうか。 

堕胎と聖絶

創世記38:24  ところが,およそ三月後のこと,ユダのもとにこう告げられた。「あなたの息子の嫁タマルは娼婦のまねをして,しかも,見なさい,その淫売によって妊娠までしている」。それを聞いてユダは言った,「彼女を引き出して,焼いてしまえ」。

出エジプト21:22「また,人と人とがつかみ合いをして,妊娠している女を傷つけ,早産(流産)してしまうが(女性本人が)致命的な事故には至らない場合,その者はその女の所有者が負わせるところにしたがって必ず損害の賠償を課せられる。裁く者たちを通してそれを払わねばならない。

民数記5:23 祭司はのろいのことばを書きつけ、苦い水の中に洗い落とす。 24もし罪を犯していたなら、祭司が女にその水を飲ませると、彼女の体内で苦くなる。 25そのあと祭司は、女の手から供え物を取り、主に向かって揺り動かし、祭壇にささげなさい。 26それを一つかみ祭壇の上で焼き、女に水を飲ませなさい。 27女が罪を犯して身が汚れていれば、水は腹の中で苦くなり、腹はふくれ、ももは腐りだす。こうして、のろわれたことがはっきりする。 28しかし潔白であれば、害も受けず、まもなく子を宿すようになる。

聖句では望まぬ妊娠に対する対処としての堕胎、中絶について明確に述べられている箇所はありません。出エジプト21章5節からの原語では、「早産で生きている」状態なのか「流産で死去してしまった」のか翻訳によって異なります。さらに「女性本人」という単語はありませんが、「彼女から実が出てしまった場合」とする表現が曖昧ですので、円満な夫婦仲で誕生するはずだった赤ん坊が流産で死去した場合の家族の悲しみの程度などを見て臨機応変に考慮すべき事例と言えます。聖書は時に曖昧な表現を使用し読者側の良心に委ねるときがあります。

民数記5章の該当箇所では、女性が姦淫をした場合そうであるなら「腹が苦くなる」と表現されてますが、腹の原語は「胎」として使用されることもあります。つまりこれは姦淫をしてその胎児を宿している状態なら流産してしまうように思えます。神の力が奇跡的に働き断罪をするわけですから、心を見る神が夫婦になった愛ある関係の中で結婚生活に満足がいく状態にも関わらず不貞を働いた故に一定期間咎められるのでしょう。悔いて嘆くのであればその都度奇跡的に当時は働きかけていたので赦され治癒していたことでしょう。(※民数記12章9節にてモーセに逆らったミリアムがらい病になったが癒されたように。またホセア3章も姦淫を犯した妻を愛するように命じられるように。しかし、今はモーセの律法は廃されたので、この断罪はない。)

性犯罪の被害に出くわして望まぬ妊娠があった場合にも厳格なクリスチャンたちは堕胎をせずに出産して育てるべきだと言うケースが少なくないですね。妊娠したのは神による計画だとか言う人もいるようですが、それは違うでしょう。

伝道の書9:11  わたしは日の下で引き返して見たのであるが,速い者が競走を,あるいは力のある者が戦いを自分のものにするわけではない。また賢い者が食物を得るのでも,理解のある者が富を得るのでもなく,知識のある者たちが恵みを得るのでもない。なぜなら,時と予見しえない出来事とは彼らすべてに臨むからである。 12  人もまた,自分の時を知らないからである。まさに災いの網に掛かる魚のように,わなに掛かる鳥のように,人の子らも災いの時に,それが突然彼らに襲うときにわなに掛かるのである。

ヤコブ1:13  試練に遭うとき,だれも,「わたしは神から試練を受けている」と言ってはなりません。悪い事柄で神が試練に遭うということはありえませんし,[そのようにして]ご自身がだれかに試練を与えることもないからです。

聖句でも望まぬ妊娠があった場合にも堕胎をするべきではないと断定する箇所はありません。エレミヤ1章5節に「胎児の時から知っている」とあるので、堕胎はするべきではない、もしするなら殺人だと第三者は言うでしょう。まずエレミヤの場合は望まぬ妊娠で誕生した命ではありません。それに当事者としてはただでさえトラウマが生じている上に加害者の子供を育てることなど無理なケースが有るはずです。

またダビデが姦淫の罪を犯した際には、バテシバとの間に生まれた第一子は死ぬことになりました。(サムエル第二12:15-19)強姦ではないもののダビデが王としての権力を利用してバテシバと性関係に至り誕生した子供が死に絶えることになっているわけです。それなら尚更に性犯罪で妊娠した被害者側がそれに対して然るべき手段、中絶、堕胎の選択肢を取ることは許されるでしょう。

さらに、モーセ、ヨシュアなどは子供を焼いて悪霊に奉納する状況下の悪を根絶するために、その地域国家の乳飲み子を含めて聖絶(殺生)しました。
  • 偶像礼拝をするイスラエル人に対する裁き(出エジプト記22章20節)
  • ミデヤン人に対する聖絶(民数記21章)
  • エリコの戦いにおける聖絶(ヨシュア記6章他)
  • ペリシテ人、アマレク人に対する聖絶(サムエル記上巻15章)
  • 異教の偶像に用いられた金や銀を欲しがるイスラエル人に対する裁き、ヘテ、エモリ、カナン、ペリジ、ヒビ、エブス人への裁き(申命記7章26節、20章16-18節)

申命記22:25「しかし,男が婚約しているその娘を見つけたのが野原であり,その男が彼女をつかまえて強制的にこれと寝たのであれば,彼女と寝たその男のほうだけが死ななければならない。 26  そして,その娘に対しては何も行なってはならない。その娘には死に価する罪はない。この場合は,人が仲間の者に立ち向かい,これを,すなわち魂を殺害した場合と同じだからである。 27  その者が彼女を見つけたのは野であったのである。婚約していたその娘は叫んだが,これを救い出す者がいなかった。 

伝道の書3:1 何事にも定められた時がある。天の下のすべての事には時がある。2 誕生のための時があり,死ぬのに時がある。植えるのに時があり,植えられたものを根こぎにするのに時がある。 3 殺すのに時があり,いやすのに時がある。崩すのに時があり,建てるのに時がある。 

伝道の書 8:11 悪い業に対する刑の宣告が速やかに執行されなかったため,それゆえに人の子らの心はその中で悪を行なうよう凝り固まってしまった。

残酷に思えるでしょうが、乳飲み子などは特に痛みも知らず死に、シェオルに下り神が判断し将来の復活に預かるでしょう。こないして、悪の極みの中で誕生する命、親が極悪人である場合サタンの世にて育児は不可能なために一旦リセット、聖絶がもたらされます。

これらの聖句から、性犯罪によって妊娠した当事者が精神的苦痛から育児もままならない状態である場合、堕胎せざるを得ないでしょう。無理やり出産させて被害者の負担を増やすことで本人の精神的苦痛を生じさせるなら、医療行為としての堕胎も仕方ないでしょうし、医療従事者と当事者が罪に問われることにはなりません。

また、加害者は律法では即座に死刑にされるべきです。それは上記の聖句で示されていることです。聖書中でも強姦の加害者は、全員神の裁きで死んでいます。そして、堕胎をしてしまったから殺人の罪を犯したゆえに大罪者で許されざるを罪を担ったとか追い詰めるのもやめるべきでしょう。堕胎の胎児が将来復活するかも神の手にかかってますし、そもそも人が人を憎むだけで殺人を犯していると使徒ヨハネが述べることからも、堕胎よりも理由のない憎しみ、悪意、誹謗中傷のほうが重たい罪でしょう。

もちろん合意による性交渉で何度も妊娠してそれを堕胎したらいいとは述べていません。それは罪になるでしょう。ただ、性犯罪によってもたらされた望まぬ妊娠があった場合被害者が負担を感じて堕胎を望むならその選択を聖句から断罪する根拠は明白とは言えず、むしろ聖絶の記述から考慮しても必要な処罰であると考慮できるし、周囲のクリスチャンたちが被害者を常にサポートして支えるべきであるということです。

まとめ

性被害にあった方々が望まぬ妊娠に苦悩して止む無く堕胎、中絶をした場合、その意志を尊重し傷が癒えるように祈り合うべきなのです。無理やり出産させて育児させるべきとかサイコパスのような綺麗事や戯言は無視してください。

そのような被害にあって堕胎を選択することは罪にはなりません。

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