モルモン教の死者のバプテスマはコリント第一15章29節が根拠か

2021/03/19

偽キリスト教 死と復活

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モルモン教について詳しく知りませんが、彼らは死者のバプテスマなどを推奨しており真の教会の特徴として欠かすことができない伝統と言っています。しかし、単刀直入にいうと、パウロは死者へ洗礼しろとは一切言っていません。洗礼は別の記事で書いたように「キリストの死のバプテスマつまり殉教」する人たちのための儀式です。

訳し方の間違いとギリシャ語の再考

「のために」,「に代わって」と訳されているギリシャ語の前置詞ヒュペルには,「の目的で」という意味もあります。KJVではforと英訳されていますが、これも非常に曖昧で様々な意味合いで受け取ることが可能です。

そのためにパウロの手紙を曲解してしまうとモルモン教の方々のように死体を洗礼するべきとする解釈に至ります。この聖句は次のように意訳するべきです

コリント第一15:29 そうでなければ,死んだ者となるためにバプテスマを受けている人たちは,どうなるでしょうか。死者が生き返らされないのであれば,どうしてそのような者となるためにバプテスマを受けているのでしょうか。

単純に「死者のためのバプテスマ」というフレーズの受け取り方が、他の聖句と正しく整合されているか考慮するべきです。聖書はバプテスマを「死のバプテスマ」と直接的に殉教するための心構えの表明とか、古い人格に死ぬとか水のバプテスマによって過去を葬り去るとか、その真髄は自我に死ぬこと、そして字義通り殉教しキリストの盃を飲むことに紐付けています。

ローマ6:3   それとも,皆さんは次のことを知らないのですか。キリスト・イエスへのバプテスマを受けた私たちは皆,キリストの死へのバプテスマを受けました。

フィリピ3:10   私は,キリストとその復活の力を知ること,キリストと同じ苦しみを味わうことを目指しています。キリストのような死を受け入れ, 11 何とかして早い方の復活を経験したいと願っているのです。

コロサイ 2:12   皆さんはキリストと同様のバプテスマを受け,その方と共に葬られました。そして,キリストとの関係により,その方と共に生き返らされました。キリストを生き返らせた神の強力な行いに信仰を持ったからです。

これらの聖句だけではありませんが、もはや死者のためのバプテスマとパウロが述べた意図をパウロが書いた様々な書簡から汲み取ることは容易です。死者のためのバプテスマとは、古い人格に死ぬための儀式でありなおかつ字義通り殉教する人たちのための意思表明です。

復活を疑っていたコリント人たちへの叱責

パウロはコリント人たちが復活の対しての疑念を抱いていたり異言の乱用の点において霊的に未熟であることを知っていました。そして手紙の中で彼らを叱責しています。

12しかし、これだけは言わせてください。私たちが伝えたとおり、あなたがたが、キリストの死からの復活を信じているのなら、なぜ、「死んだ者は二度と生き返らない」と言ったりする人が出るのですか。 13もし死者の復活がないなら、キリストは今も死んだままのはずです。 14もしそれが事実なら、私たちが宣べ伝えていることは無意味であり、あなたがたの信仰も価値のないものとなるのです。 15そして、私たちは、大うそつきということになります。なぜなら、もし死者の復活がないのなら、神はキリストを復活させることはなかったはずですが、私たちは、「神がキリストを墓からよみがえらせた」と主張しているからです。 16もし死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったでしょう。 17そして、もしキリストが復活しなかったのなら、信仰はむなしく、あなたがたは今も罪の中にいるのです。 18また、すでに死んだクリスチャンは、みな滅んでしまったことになります。 19もしクリスチャンであることが、この世の生活でしか価値がないのなら、私たちほどみじめな者はありません。

死者のためのバプテスマの死者とはイエス・キリストを表現しているとする見解もあり、かなり自然に解釈できます。文脈をみれば、復活がないのであるなら、どうして死者(イエス・キリスト)のためにバプテスマを受けたりするのだろうかと彼らに疑問を呈しているのです。

コリント人は異言の乱用と淫行と死者の復活などない等の不信仰の極みの中にある非常に霊的に弱った教会でした。パウロは何度も叱責をしています。

当たり前ですし自然な会話ですね。なんでイエスを信じてないのにバプテスマを受けたのか、死んで蘇っていないただの死人のためにバプテスマを受けたのかと問うてるわけです。この見解でも十分意図が伝わります。

28キリストはあらゆる敵との戦いに勝利を収めると、神の子として、ご自分を父なる神の支配におゆだねになります。それは、子にすべてを征服する力をお授けになった神様が、最高の存在となられるためです。29もし死者の復活がないのなら、死んだ人(イエス・キリスト)のためにバプテスマ(洗礼)を受けることには何の意味があるのですか。将来の死者の復活を信じてもいないのに、どうしてそんなことをするのでしょう。

決して死者の代わりにバプテスマを受けたり、死体を洗礼したりする意図の聖句ではありません。パウロの手紙を理解するのは凡人には無理です。皆さんパウロの手紙を読む際には、異言の箇所にせよ死者のバプテスマにせよ、よく注意して読んでください。聖書は比喩表現が多く、パウロの手紙はその傾向が強くペテロは彼の手紙を曲解して滅びを招く人がいると述べたほどです。

ペテロ第二3:16  パウロはどの手紙の中でもこれらのことについて述べていますが,中には理解しにくい箇所もあります。無知で不安定な人たちは,そうした箇所や聖書のほかの部分を曲解し,滅びを身に招いています。

パウロは皮肉めいた言い方をしないためにオブラートに包んだ表現をしながらも、はっきりと悪しき習慣(教会での翻訳無しでの異言の乱用)やイエスが死者から復活してないと語るコリント人たちへ説教しています。

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