地獄を見せることで人々を悔い改めさせるというやり方は、新約聖書の教えなのだろうかと疑問に思うことがあります。
疑問視するべき理由
旧約聖書で罪を犯したアダムとエバに対して神が「死ぬ」と述べたように彼らは「いつか死ぬ」ということを単純に理解していました。
死とは普遍の真理であり、それはアダムの子孫すべてがいつか死ぬことを意味しており、霊魂が不滅で黄泉をさまよったり生き続けたりすることはありません。それは偽りの父サタンがもたらした偽教理です。
人はその体験談を吟味せずにすぐにネットで広めたり共有したりしていますが、もしかするとそれが神からもたらされた夢ではないとしたら、一体どうしますか。
悪魔は狡猾で賢く、真実の中に嘘を混ぜ込んで人々へ啓発するように思います。
「神のように善悪を知るようになる」という真実と「神のようになり死なない」という嘘を混ぜ込んでエバをうまく騙したことを考えても、明らかにサタンのやり方は真実の中に嘘を混ぜ込んだややこしい見抜きにくいものだとわかります。
やれ「地獄を見た、これは苦しいすさまじい場所だった」という人がいて、その人が地獄があったから改心して今があったとして清い生活をしているクリスチャンだったとしても、それはその人の体験談であって夢であって本当に神からのものかは、他人がうのみにするべきことではないように思えます。
ただ過度に恐怖体験を毎度話して「地獄はやばいよ、永遠に焼かれて苦しいよ」と話すばかりで強迫観念から無理やり悔い改めて神を恐れるというのも、それは果たして本来の正しい導き方なのかなと思えます。
もっとも体験談では悪霊に拷問されたとか同性愛者が悪霊に犯されたとか聖書と符合しない内容が意外と多くあり、小さい子供でさえ悪霊から拷問された夢をみたという動画もあり、それをにこにこ顔で話しながら「愛の神が~愛してるから警告してる」と話す方も多いですが、それがもし間違いであるなら、本当に神の顔に泥を塗っていることになるでしょう。
そもそも聖書で言われている地獄は、「悪魔とその使いたちのために用意された場所」とマタイ25:41で述べられています。また悪霊たちは、イエスと対面した際にも「私たちを底知れぬ底へ明け渡すのですか至高の神の子よ」と問いかけて、地獄と定義されている場所を悪霊たちは恐れています。つまり悪霊たちにとって都合が悪い場所であるということです。それにもかかわらず、youtubeやらブログやら出版社が発信する内容は、やれ夢や幻で地獄で悪霊たちや悪魔に人間が拷問されてたとかそのような理論的に破綻した信ぴょう性の薄い個人主観の話が多く見受けられます。悪霊たちが、自由に地獄で人間を拷問できるならそれは悪霊や悪魔にとって地獄ではなく、天国と言えるでしょう。
あまり小馬鹿にする言い方は控えたいのですが、クリスチャンの平均知能は普通より恐らく劣っている可能性もあり、明らかな嘘を見抜く理論的な思考力が欠如した人達が多いように思えます。しかし、幾ら知能が低いからと言ってエレミヤ23章の偽牧師の罪が許されることにもならないでしょう。これこそサタンが狙ったやり方なのではないかと思います。
サタンは相当狡猾で賢いのでキリスト教内部に潜り込む
サタンは真のキリスト者を迫害して拷問してもその意思を変えることはできず、ヨブのように忠実な人が多いので、今度はキリスト教の中に入り込み背教因子を生み出すほどに狡猾です。ですから、個々の人が神からの夢だ地獄の体験談だというものの、本当にそれが「愛の神」からもたらされた霊体験であるかは、かなり吟味するべきであるとは思います。
その謎の悪霊からの拷問のその人曰く地獄の体験談で救われても、多くの未信者8割がそれを聞いて理性的に拒絶感が生じてしまい神を嫌ってしまい「キリスト教は変な地獄の体験をいう人がいたからもう嫌だ、私の愛する○○が地獄で悪霊に拷問なんて・・・なんで悪霊が地獄で自由なんだよ」となるなら、それは理論破綻した悪魔的教理となるでしょう。
明らかな嘘であるなら人々は見抜くでしょう、ですからもっともらしいクリスチャンらしい人物に地獄体験をさせて世界中へそれを広めさせようとしているのではないかと疑うのも不思議ではありません。
それで、ヨハネの黙示録は確かに燃える火の池、第二の死の様相が詳しく書いてありますからそれ以上に地獄の霊的体験を必要以上に求めてネットで検索する必要はありませんし、それらを鵜呑みにする必要もないと思います。
それはその人と神との関係であり、それがきっかえでその人が気持ち的に楽になっているのは結構なことですが、その人の体験談を通して8割が辟易するなら、単純に有害と思います。
聖書はそれが生み出す実を知りなさいと言いますから、その体験談を通して何か良い方向へ人を感化できるならまだしも、単純に恐怖や強迫観念で人を縛るなら、「真理はあなたを自由にする」という言葉と完全に矛盾するように思えます。
またイエスの宣教の主体は悔い改めを強調するものであり、時にイエスが厳しくゲヘナへ落ちると弾劾された人々は、宗教家パリサイ人のような義を誇る人々でした。それを今に当てはめるなら現代教会の人たちです。
人々が信じないなら地獄行だぞと脅し、人々へ十一献金しないと地獄だぞと脅し、地獄体験があったぞと吟味なく何度も吹聴し(話す本人は地獄に行くつもりないから平気で話す)、○○をしないなら携挙されないぞと人々を脅し、異言で悪霊と戦えと脅したりと様々な部分において、教理上破綻しているし養うべき羊を散らしているように見受けられます。
携挙されるべく奮闘している人たちは、だいたい義を誇るような部分がありますが、ダニエル書をみても「精錬される」ということが預言されていますので、真のクリスチャンは艱難や迫害と殉教を通して天国クラスになると思われます。
一般教会や神学校が抱える教理上の問題は結構山積みであり、彼らが異端とレッテルを貼るほどのエホバの証人やセブンズデーアドベンチストと五十歩百歩でしょう。特に日本人はいったん真に受けると勤勉なので、何度もずっと繰り返し「地獄が~体験談が」といい歩き回っているように思われます。
本来の福音とは、「携挙近いから早く洗礼受けよ!地獄の体験あるよ!すごい怖いよね!」とだいぶ的を外れた本質からずれた脅迫観念ではなく、イエスのように弱者に寄り添い人の足を洗うほど穏やかで謙遜である特質を培う生き方をして善人がサタンの世での試練を希望によって絶え忍ぶための音信でしょう。
黙示録自体は神の言葉ですから信頼できますし、それがある以上、それ以外の地獄体験談とかをわざわざ検索して本まで買って読み込む必要はないですし、体験主義に傾倒してしまい危ない方向へ行ってしまうことは否めないと思います。
本来は人は臨死体験もしないのがスタンダードですし、だからこそ妙な悪霊的なおぞましい霊体験とか夢とか臨死体験をしたのであれば、それが果たして聖書と照合して理にかなっているのかを調べてから人々へ伝えるべきだと思います。
何でもかんでもすぐに話すと教会内部でもすぐに分裂するし、恐怖を扇動することになるし、偽教師となるかもね。9割の真実の中に1割の嘘が混ぜ込まれてそれを目立った牧師や教え手に漬け込んで吹聴させて多くを惑わすのはサタンの専売特許です。ワテのブログに関しても同じなので、あくまで「吟味してください」というスタンスをとっています。
個人体験談を話して講演費を受け取る罪
ミカ3:5 偽預言者たち、神の民を迷わせる者たちよ。あなたがたは、食べ物をくれる者には「平安があるように」と言い、何もしてくれない者は脅すのだ。そんなあなたがたに、神はこう告げている。6「夜があなたがたを取り囲み、あなたがたの幻を断ち切る。闇があなたがたを覆い、神から何のことばもない。太陽は沈み、あなたがたの日は終わる。7そのようになってついに、恥じ入って顔を隠し、自分たちの語ったことが神から出たものでなかったことを認める。」8私は力に満たされ、主の御霊に満たされて、神が罪を犯したイスラエルを罰すると、恐れず告げよう。9イスラエルの指導者たち、私の言うことを聞け。あなたがたは正義を憎み、不正を愛している。10エルサレムに、殺人とあらゆる罪をはびこらせている。11指導者はわいろを取り、祭司と預言者は、金をもらわなければ教えることも預言することもしない。それでいて、主にこびへつらって、「すべて大丈夫。主は私たちとともにおられる。どんな災いもくるはずがない」と言う。12そんなあなたがたのせいで、エルサレムは畑のように耕され、廃墟となる。神殿が立っている山の頂も藪で覆われる。
youtubeに登場するクリスチャン達なんか大金積んでもろてニコニコ顔で偉そうに臨死体験とかを語ってますよね。罪深過ぎるでしょう。


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